松山 中島 ヨット泊地
伊予長浜 ヨット泊地
佐田岬 三崎 ヨット泊地
土佐佐賀 ヨット泊地
土佐久礼 ヨット泊地
高知ヨットクラブ ヨット泊地
土佐・安芸 ヨット泊地
室戸岬港、、 ヨット泊地
日和佐 ヨット泊地
由岐 ヨット泊地
草壁・小豆島 ヨット泊地
印南・いなみ ヨット泊地
和歌山マリ-ナシテイ ヨット泊地
松山 中島 ヨット泊地
中島、クダコ水道 航路図
堀江海の駅は北東風が吹くと直接ウネリが港内に入るので、中島へ避難しました。 停泊の問題は避難港になっているということで問題ないようです。
入港して左側へいくとポンツーンがあり地元のヨットも定係している。 このポンツーンの反対側に2隻ほどの係留余地がある。
スーパーもレンタサイクルもある。 ウネリも入らないようで荒天を避けるにはふさわしい。
赤丸は停泊地
赤矢印 係留地
2024-7-16
伊予長浜 ヨット泊地
長浜新港に停泊した。 青丸の空いているポンツーンは停泊中の3日間には使用されていない。 漁協は良い返事をくれないようだ。 北東の風の荒天であったけれど、ウネリもあったが耐えることができた。 赤丸停泊地は漁協の許可をもらったけれど、ビットの設備が無く、何とか工夫して悪天候をしのいだ。 ポンツーンに停泊できれば良かったけれども。 使っている気配が無いので、云われるまでそこに置いておくのもひとつの手かも?
旧港もひろいようだけれど適当なところは見つからなかった。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
植え込みを利用したりした もやいロープ
ドラム缶を利用してもやいを植木で支えた
停泊候補地
日本最古の可動橋と龍馬の宿を訪ねる。
2024-7-18
佐田岬 三崎 ヨット泊地
伊予長浜より佐田岬近くの三崎に停泊した。宇和島や「かわうそ海の駅」に行くには八幡浜などの湾奥に行きたくないのでここを選んだ。
実際に中に入ってみると港内に海草が海面近くまで育っており、プロペラにl巻き付く恐れが大きく、心配であった。
買い物するお店もないような小さい漁港であるので、翌朝には早々に出港した。
佐田岬・三崎
赤丸は停泊地
停泊位置
湾内に繁る背の高い海草
2024-7-22
土佐清水越 ヨット泊地
土佐清水越 停泊地
土佐清水は古くからの漁港がある。50年ほど前にはそこに係留したけれども、今となっては定かではない。今度停泊した越地区の隣の奥まった比較的大きな湾にそこは有る。 漁船も多くいて、奥まった場所に着けるところは在るようです。
長距離フェリーが就航していたときは土佐清水の隣の越地区の湾にそのための岸壁がある。そこにポンツーンが整備されていてそこへヨットを着けるのが正解であったように思われる。 今回着けた赤丸の位置は水深が2mほどで干潮の時には不安があった。 手前に巡視船が係留しているが、その近くの岸壁の方がよりふさわしいと思われる。
赤丸は停泊地 青丸は候補地
土佐清水越地区 ヨット泊地
2024-7-26
土佐佐賀 ヨット泊地
高知県南東部
赤丸は停泊地 青丸は候補地
土佐湾の諸港は凪の時でもウネリが入る時が多く、風向とウネリの方向に注意が必要である。 ここは台風でもやってこなければ安心できる港のようである。 ここの南には避難港の土佐上川口がある。
スーパーとガソリンスタンドはある。
土佐佐賀 係留地
上川口港、 湾内に避難用ブイが設置されている
2024-7-30
土佐久礼 ヨット泊地
土佐久礼 周辺図
土佐佐賀より土佐久礼に向かった。 凪の日であったが南東の大きなウネリが港内に入り、この風の時化の時にはここの停泊は不適であろう。
赤丸は停泊地 青丸は候補地
矢印の岸壁側に係留できる
2024-8-3
高知ヨットクラブ ヨット泊地
高知ヨットクラブ 周辺図
土佐久礼から高知ヨットクラブのゲストバースにてお世話になることになった。 その途中で36番青龍寺に行くべき近くの竜崎の船溜まりに係留するつもりであった。 前日にそこの水深が浅いことに気が付いて取りやめてクラブに直行した。
赤丸は係留地
ゲストバースにつけるまで、担当の方からヨットに携帯の電話をもらい、安全のための適宜指示をいただいた。 また、翌日はクラブの会長さんから、荒天で増し舫いのアドヴァイスをもらうことができた。 他にも何から何まで大変お世話になりありがとうございました。
横抱きして係留
2024-8-4
土佐・安芸 ヨット泊地
高知を出て奈半利に行く予定であったが、機関が途中で冷却水異常の警報が鳴り、エンジンを止めて予備の2馬力船外機と帆走にて安芸へ行くことになる。
高知・安芸・室戸 周辺図
赤丸は停泊地 、 赤星印は錨泊地
港内に入り赤星印の位置で錨泊して冷却水ポンプを分解して、インペラーを交換した。
赤矢印の岸壁に係留した。
最寄りの駅は球場前駅である。 買い物は安芸駅まで行かないと充分ではない。
2024-8-13
室戸岬港、 ヨット泊地
安芸を出港して室津か室戸岬か迷ったけれども、室戸岬港に入港した。 室津港は漁船が多く係留余地が少なく室戸岬が正解であった。 買い物などは室津が便利である。そのために、バスでコインランドリーやスーパーに行くことになった。
高知・安芸・室戸 周辺図
赤丸は停泊地、 位置AからBへシフトした
Aの位置に係留したけれど、工事船がここへ停泊するとの張り紙がビットに貼り付けられていたのでBの位置にヨットをシフトした。 出港するまで5泊したけれど、それが来航する気配はなかった。 前の位置の方が停泊中のウネリを避けやすく動揺が少ないようだ。
室戸岬・津呂港
津呂港は室津港と同じく、土佐藩執政野中兼山により、整備された掘り込み港です。工事に当たり、港口を塞ぐように3つの大きな岩が海中にあったのを、『張扇式の堤』により取り囲み、中の海水を抜いてから大鉄槌やのみで砕いたと伝えられています。
土佐から畿内方面への航路上で風待ちする港として重要な位置付けにここはありました。
津呂港, 中央の空きビルはかっての遠洋漁業の司令塔だったという
2024-8-18
室津 ヨット泊地
青丸は候補地、 広いようで適当な係留地は見つからない
25番津照寺は岸壁からすぐ近くにある。
2024-8-18
日和佐 ヨット泊地
室戸・日和佐 周辺図
赤丸は係留地 位置AからBヘシフトした
最初は防波堤を過ぎてすぐの位置Aに2日ほど係留した。荒天が予想されたので、巡視船の後ろの位置Bへシフトした。ここはウネリも入らず良い位置であった。 1隻くらいのスペースしかないので写真のように横抱きになる場合もあり。
係留地B
2024--19
由岐 ヨット泊地
日和佐から由岐へ
由岐港
由岐漁港
松本竹蔵翁 顕彰碑
「九州・五島行き」という出漁形態があるという。徳島のここ近辺の漁民移動の形態です。上の写真はその先駆者の碑である。 ヨットで九州をクルーズしていると、捕鯨で徳島から迎えたとか、徳島発の漁法のやり方を耳にする。 昨年に五島の奈良尾で以西底引き網の基地であることを目にした。 それは由岐の漁民がもたらしたことを知ることになった。 阿波の漁師は先駆的で賢いのだ。
現地 案内板
翔鳳丸は薩摩藩の武装汽船で1868年の江戸薩摩藩邸の焼討事件の際、相楽総三ら一部関係者の避難に用いられた。鳥羽・伏見の戦いが起こると兵庫港封鎖部隊が移動し、その隙に同地の薩摩艦「春日丸」、「翔凰丸」、「平運丸」は脱出を図った。「翔凰丸」は「春日丸」に曳航されたが、「春日丸」は「平運丸」と衝突し舵輪を損傷した。「春日丸」と「翔凰丸」は「開陽」に捕捉され、「春日丸」は「翔凰丸」を分離して「開陽」と交戦。一方、「翔凰丸」は阿波由岐浦で座礁し、焼かれた。この海戦は阿波沖海戦という。
翔鳳丸・461トン、 16センチカノン艦砲
2024-9-1
草壁・小豆島 ヨット泊地
草壁と苗羽・ 内海湾/小豆島
坂手に停泊して草壁と苗羽の泊地を見に行って来た。 草壁は連絡船が廃止になりそれに使用していたポンツーンが係留できるようだ。 すぐ近くにリゾートホテル風の桟橋がある。人の気配がしなくて利用できるかどうかは不明でした。苗羽は係留できるようである。
坂手と違いここは燃料と食料の補給ができる。
草壁 旧連絡船ポンツーン
リゾートホテル風の3本の桟橋
苗羽
苗羽の係留候補地
近くに醤油の博物館がある。
2024-9-5
https://hayame.coolblog.jp/custom.html#spb-bookmark-494
2025-7-26
潮騒の神島 ヨット泊地
波切から伊良湖
大王崎にある波切から伊良湖に向かった。 向かい風になり動揺してきたので伊良湖を断念して神島に寄港した。
三島由紀夫の小説「潮騒」で有名であるけれども、小説も映画も見たことが無い。 連絡船はあるけれども、商店やガソリンスタンドは見当たらない。 休養をとるだけの港になった。 少し知識があれば、違ったものが見えたかもしれない。
赤丸は停泊地, 青丸は候補地
神島
2025-8-2
仁木島 ヨット泊地
熊野―尾鷲
友人が熊野市にいるのでヨットで訪ねてみた。 ここらあたりは上図のようにリアス式海岸の地である、仁木島の泊地を紹介してくれる。 そこは彼に言わせれば、九鬼海賊の地のようで、いまだに人性が荒い土地であるとのことだ。 友人は水産庁の研究生活を終えて、定年後にここへ移住して新居を構えた。庭の段々畑の地に果樹を植えて、野生動物の被害を防ぎながら生活を楽しんでいる。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
漁協の桟橋の突端の赤丸停泊地停泊
スタンドは近くにあり給油は可能。 しかしス-パ-は車で20-30分かかる熊野市まで出ることになる。 途中で熊野古道の波多須の道に接する。
2025-8-3
周参見・すさみ ヨット泊地
潮岬周辺 マップ
印南から田辺を過ぎ「周参見・すさみ」串本、新宮に寄港した。 20年前には那智勝浦よりここ周参見を訪れて関西へ廻航したことがある。
港の港口付近に浅瀬があり指向性灯台の橙色により安全航路を示している。 つまり紅色・緑色が見える入港針路を避けて黄色の見える針路で入港することになる。
前回は港口の左側地区にBへ着岸したが、今回は右側地区にAへ着岸した。
周参見
Bの位置に着岸
すぐ近くに温泉がある。 隣のリゾ-トマンションが100万以下で売り出されていた。 入居者は極めて少なく管理費が高いかもしれないので、その他を含めて充分に調べる必要があるでしょう。
2025-8-4
御前崎 ヨット泊地
御前崎港の入港針路、
伊良湖水道にある神島より御前崎港まで70海里ほど無理して航行した。早朝に出港するも日の入り直前の1900前に入港することが出来た。 御前崎灯標を大廻して入港する。
御前崎マリ-ナは入り口に浅いところがあるようで、今回は日が暮れそうなので行かなかった。潮汐を調べておく必要があるだろう。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
赤丸の位置、 積込みロ-ダ-の前に着岸
2025-8-6
千倉 ヨット泊地
船形より千倉に向かう。 関東のヨット停泊には不安があり、鴨川海の駅に予約をいれるべき電話をしたが、あいにく当日は休みの日で千倉へ行くことになった。 なんなく係留することができて杞憂に終わった。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
ス-パ-やスタンドあり、温泉もあるようだが行っていない。
白い灯台は指向性で暗礁を示す
周参見と同じ指向性の灯台が港口付近の暗礁を紅緑の点灯で示す。
清国船 元順号 遭難救助の碑
トルコの軍艦が潮岬で遭難して地元の漁船に救助された事件があり、今でもその事実がトルコ国民に良く知られて、親日国のひとつであると云う。 清国と日本は同様な事件があっても、最近はまた、中国で日本人が襲われる事件が起きた。 下記のような事件が衆知されずに良い国家関係にならないのは残念なことである。
1779年(安永8)年11月11日、当時唐船と呼ばれる清国の貿易船「元順号」が長崎に向かっていた。だが、大嵐に遭って5ヶ月間も漂流した後、翌1780(安永9)年4月29日に南千倉沖合、通称「川戸山」暗礁に漂着し座礁したのであった。
千倉の漁民は暴風雨の中、乗組員78名全員を救助し、当地を治めていた岩槻藩(朝夷郡21ヶ村)の指示により、2ヶ月間にわたって遭難者を手厚く世話をして、全員を故郷に帰還させたといわれる。
2025-8-7
印南・いなみ ヨット泊地
和歌山マリーナシティより印南
和歌山マリ-ナシテイより日ノ御碕を越へ印南・いなみを訪れた。 漁港の中は混んでいることも無く着けることが出来た。
ここは鰹節の発祥の地であるという。 近くにコンビニがあり、ス-パ-へは行くことがなかった。
赤丸は停泊地 青丸は候補地
印南 赤丸停泊地
2025-8-8
奈屋浦 ヨット泊地
尾鷲より鳥羽
錦を出て和具に向かう航海計画であったが、向かい風強く奈屋浦に寄港した。
赤丸は停泊地
赤丸の停泊地
2025-8-9
串本 ヨット泊地
周参見-串本―新宮
周参見より串本大橋を抜け串本に着けた。 串本大橋の狭水路の潮流が分からず、橋を抜けられないほどの流速があれば、引き返して大島を廻るつもりでいた。3ノットくらいの艇速で通峡した。
ス-パ-での買い物とスタンドでの給油ができた。コインランドリ-で洗濯をした。
赤丸は停泊地、 青線は航路
赤丸の停泊地、 ここに3隻着けられた
串本で見かけた旧家
2025-8-11
松川浦 ヨット泊地
いわき-松川浦-石巻
いわきサンマリ-ナより諸戸をめざした。 原発沖を気にしながら航行する。 諸戸近くに行くと、そこは予想外に福島原発に近い位置であった。 買い物と給油が無理ではないかと思い、予定を松川浦に変更した。
赤丸は停泊地
漁港は一杯で湾奥の位置しか停泊地はないようである。
赤丸の停泊地
松川浦大橋を抜けると漁港があり停泊地があるかもしれないが探索せず。
2025-8-12
石巻 ヨット泊地
荒浜フィシャリ-ナより石巻に向かう。これで念願の48年ぶりの日本一周が達成できた。
仙台周辺図
先輩のSさんが旗を振って漁港の停泊地を知らせてくれる。そこへ着けたが、後でここへ漁船が着けに来るかもしれないと思い、下図の赤丸位置にシフトした。
ここは全面的に停泊禁止、 罰金5万円、 他ののコメントにも書いたが、東北にある港や漁港は復興予算で造られたはずです。 全国の漁港や商業港では、邪魔せずに空いているなら係留を黙認してくれるところが多いのが現状です。 茨城港では空いている岸壁でもヨットは禁止であった。石巻漁港は廃船・放置船の横に着けるけれど禁止通告を受ける、漁港には空が目立つのであるけれど、ここまで厳しいところは全国でも珍しい。
赤丸の停泊地、 前後の船は廃船放置艇と思われる
南浜マリ-ナに数か月置いてもらうのに訪ねて問い合わせをした。 ここは河口にあるマリ-ナで陸置きモ-タ-ボ-ト主体のようである。 夏の南風ではウネリが入りポンツ-ン係留は不適のようである。 思いは叶わずであった。
南浜マリ-ナ
石巻散歩
2025-8-13
新宮 ヨット泊地
串本―新宮
串本より那智勝浦を嫌って新宮に寄港した。 20年以上の関東から関西に向かう時には下田から那智勝浦をめざしたことが3度ほどある。 1度は勝浦沖でエンストして漁船にえい航されて入港したこともあった。おまけにその際の着岸時に他船に接触したことがある。 係留場所も良くなかった記憶で今回は勝浦を避けた。
赤丸は停泊地
矢印は赤丸の停泊地
コンビニで買い物をした。
2025-8-14
伊東 海の駅 ヨット泊地
下田より伊東
目的が仙台であるので、下田より大島の波浮へ行きたいところであるが、船検の航行区域の関係で5マイル以上を陸から離れられないので断念して伊東へ行くことになった。 今回の巡航は母港を御前崎より直行で石廊崎に航行できるように決めてきた。沿岸5マイルの航行区域では日本周航には不便です。せめて10マイルに拡大してほしい。母港を変更して、6000円払って大島へ行ける手段もあるのかもしれないが、JCIの事務所が少なくて遠いので無理である。 今までに隠岐や甑島へ行くにはは母港変えで対応してきたが。
赤丸は停泊地
観光施設の売店や温泉が隣接する、道路を渡るとドンキホ-テがある。
赤丸の停泊地
停泊代は1万円にも及ぶので長居は無用である。
いとう海の駅 https://www.umi-eki.jp/uminoeki/ito.html
船形 ヨット泊地
伊東より船形へ
伊東より船形をめざして寄港した。 三崎海の駅は泊ができないようなのでで避けた。 時間の余裕があれば横浜や東京のマリ-ナにでも寄ってみたかった。それらは3泊くらいなら許されそうである。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
赤丸の停泊地、 向こう側の外防波堤にはヨットが多く係留している
ヨットクラブがあるようで連絡がとれるならもっと良い情報があるかもしれない。 上写真の外防波堤にはヨット多数が槍着けで停泊している。
2025-8-17
大原 ヨット泊地
船形より千倉経由して大原へ
千倉より大原に向かう。 大原はかつお漁の盛んな時は満杯になるとか聞いていたので心配したが、旧港は余地が無かったが新港は空いていた。 途中に土佐のかつお船と何隻も行き違った。 それは漁を終え帰途についていたのであろう。
赤丸は停泊地
ここでス-パ-の買い物とコインランドリ-での洗濯を終えた。
赤丸の停泊地
2025-8-18
日立・久慈 ヨット泊地
銚子か久慈まで
銚子を出て大洗を目指すが、あいにくマリ-ナが休みで茨城港に隣接する久慈漁港に着けた。
赤丸は停泊地 xは禁止
最初は久慈漁港の中へ入り適当な停泊地を探すが見つからずに外へ出た。茨城港はあまり商船が着岸していない。迷惑のかからなさそうな(Xの位置)岸壁にもやいを取る。 夕方から早朝までの短い時間だから良いだろうと構えていた。
お役人2人が訪ねてきて写真も撮り、ここはヨット停泊できないところと告げられた。しかたなく漁港の外防波堤に着けて(赤丸の位置) 漁港に聞きに行く。 そこならOKと許可をもらうことができた。 夕方なので一安心であった。 港内の錨泊は禁止であるけれど、最後の手段として目立たない所にアンカ-をすることにならなくてよかった。 暗くなって泊地をさがすことは危険である。 行政の対応はさまざまであろうが、ここも震災の後に今も我々が払っている復興税金の一部が使われたであろうから、杓子定規にならずに、すぐに迷惑にならないのであれば柔軟にしてもらえるとありがたい。
赤矢印は着岸した赤丸位置
2025-8-20
荒浜フィシャリ-ナ ヨット泊地
いわきより石巻へ
松川浦より短期係留地を求めて荒浜フィシャリ-ナへ行く。 入り口付近が浅いところがあるとのことで時間調整して上げ潮寺時に入港した。 ここはウネリが入りにくく台風でも良いとのスタッフのお言葉です。 常駐の管理人が1700まで居ます。
赤丸は停泊地
赤丸は空いていたゲストバ-ス、場所により代金は変わるが、大きいサイズのバ-スしか空いていない。 10m位で2500円程度です。 入港日も加算されるので1泊しても2日分になる。
近くに温泉があり、みやげものス-パ-で弁当が購入できる。 昼食なら食堂がある。 ス-パ-やコインランドリ-はコミュニテイバスで行くことができる。 スタンドも同様だがバスにはタンクは積めないのでタクシ-になる。
カムチャッカの地震でここ亘理町は避難指示がでた。 万一のために避難場所の確認が必要でしょう。
ゲストバ-スの停泊地
石巻でも臨時係留場所はみつからず、来年の春までここへおいてもらうことになった。 年間契約で32万円だけれど日割りで22万円で7月から3月まで契約を終えた。
老人故にここから母港の児島まで引き返して帰る体力がない。 秋にこ近くを巡航して来年に帰るつもりである。9/27には目の前で花火大会があるので、特等席で見られるので是非行かねばと思っている。
2025-8-23
いわきサンマリ-ナ 海の駅 ヨット泊地
銚子からいわきへ
銚子より久慈を経ていわきサンマリ-ナに向かう。
赤丸はゲストバ-スの停泊地
最初は長いポンツ-ンの空いたところに着けた。 ゲストバ-スを指示されて赤丸位置にシフトした。
ここは先の震災で壊滅して新しく長いポンツ-ンを復興した。 将来は増設した係留施設を作るとのことです。
デストの係留代は1万円もする高額です。 設備のある水や電気は使えない。 給油は持ってきてくれるのでこれだけは便利である。街から離れているのでタクシ-でしか移動できない模様。 従い。何もせずに泊まるだけになった。
スタッフは親切な対応ではあるけれど、どうしてこんなに高いのであろう。 復興予算で作ったはずです。 部外者も未だに復興増税を払っています。 理不尽な価格なんとかなりませんか。
赤丸の係留地
2025-8-24
銚子 ヨット泊地
銚子の入出港航路
大原から犬吠埼を廻り銚子漁港に寄港する。 同乗のUさんがいったん長崎に帰り、1週間ほどで再乗するので銚子で待機することになった。 銚子には海の駅がある。1週間の係留代は負担が大きいので、漁港を選んだ。
ここはさすがに漁業が盛んで巻き網漁船で満杯である。漁協の人に赤丸停泊地の指示を受ける。 廃船の後ろ側になるのであるが、ここしか空は無いようである。
銚子漁港 赤丸は停泊地、 xは係留できない
赤丸の係留地
駅には徒歩30分位、ス-パ-は20分、スタンドは10分位の徒歩圏になる。 午後3時から銭湯が開き、徒歩20分くらいである。
温泉は銚子駅より銚子電鉄に乗り犬吠埼灯台近くにある。ここからカミさんを呼び下記の観光地を廻った。
佐倉城と武家屋敷
佐原の街並み、 伊能忠敬
鹿島神宮と香取神宮
房総の村と龍角寺古墳群
成田山新勝寺
2025-8-26
波切 ヨット泊地
尾鷲より錦、奈屋浦,波切へ
奈屋浦より和具に向かうが状況がよかったのでそれをやり過ごして大王岬の近くの波切へ寄港した。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
赤丸の停泊地
旅館跡
はるか昔の高校生の時に美術部の夏休み写生合宿でここに来た。 今でもこの町は写生の街とか唄っているようだ。 当時のような漁村の鄙びた印象は消えていた。 画材になるような場所や対象があるのであろうかと思える。 60年以上も経ったのだから仕方のないのかもしれません。
わらじ岩 ダンダラボッチ公園
ダンダラボッチの伝説の大王島は港口のすぐ近くにある。
2025-8-27
錦 ヨット泊地
仁木島より尾鷲、錦、奈屋浦、和具、波切へ
仁木島より尾鷲を通過して錦漁港に寄港した。 ここは諸風を防ぎウネリの入らない避難するには良い港である。 ここに2泊して阿曽温泉を訪ねる。
そこは小学校を改造して温泉にしたものであった。 タクシ-で片道7-8千円もかかるのでス-パ-での買い物も兼ねたが、貧乏ヨット乗りには費用が掛かり過ぎた。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地、 この岸壁鹿着ける余地はないようだ
赤丸の停泊地
2025-8-28
波崎 ヨット泊地
銚子の港は巻き網漁船が一杯で余地が少ない,特に今年はイワシが1500倍余の豊漁でなおさらである。 ご迷惑をかけながらも10日ほど滞在した。 その時に利根川の反対河岸に漁船が着けている風景が見えた。 それで駅前のレンタサイクル店で自転車を借りて銚子大橋を渡って波崎を訪れた。
利根川沿いの岸壁には適当な場所がなさそうで、波崎の港へ行ってみる。 そこにはなかなかスマ-トな船体の大型巻き網船が見られた。 銚子より大型の漁船が居て、おそらく漁場を別に分けているゆえの船型の違いかと思われる。 利根川を挟んで千葉県と茨城県に分断されて漁業権を別にしているからでしょう。
青丸は候補地
利根川河口の三角波による危険を避けるために南行時や急ぎの時は波崎に1泊するのも有りかと思われる。
波崎の巻き網漁船
青丸の候補地
225-8-30