ヨット履歴
Y15
三浦海岸に陸置
初代 速魚
ヴァイキング22
宮崎県日向市に係留
宮崎から関門海峡より日本海に出て、北海道を1周して石巻まで周航
PING906
52f ケッチ
スペインマジョルカ島に係留、西地中海を周航
イタリアのサルジニア島へ クルーズ。
39fケッチ 友人 佐野所有
マジョルカ島よりジブラルタル。カナリー諸島・
大西洋を横断してマルテイニーク島にクルーズ
速魚Ⅱ
31f スル-プ
ヤマハ31 フェスタ
終活・克のためのヨット
瀬戸内・九州クルーズ予定
マリンサーベイヤー
ヨットと狭水道 まとめ
貿易風の吹く島から 友人のカリブ海巡航
油津 宮崎 ヨット泊地
枕崎 ヨット泊地
白石島 ヨット泊地
関東以北のヨット停泊事情 2026-5-31 改定
和歌山マリ-ナシテイ ヨット泊地
六分儀
天測歴が廃止された。何を海上保安庁がや所管官庁が考えているのかと疑いたくなります。 いったん事あればGPSは停止したり大幅な狂いが生じるのは自明のことである。 ウクライナ戦争において盛んに電磁攻撃が双方によりされています。 中国の台湾進攻が近いと云われているのに。
書籍版の発行は売れないであろうことから、それは無理でしょう。 インターネットで天測歴を利用できるようにすることぐらいは大いに可能であり、しなければならない責務である。 再考を願うばかりである。
民間の有志がアマゾンで2023年版を発行しています。 継続していただけることを願うばかりである。
「ぬくもりがらす」による 歴計算研究会 2023年版 4400円 アマゾン
英国版の天測歴は販売されており、日本水路図誌販売の神戸で10,900円です。 078-331-4888 、関東には売っていないのに注意
Soft222さんによる天測暦・天測及び地文航法エクセルのページでは残念なことにダウンロードできないようです。
2023-9-12
太陽がいっぱい 1960
爺爺の青春映画 その1
中学生の時に兄のオートバイ・スーパーカブの後ろに乗って見に行った映画です。また小学生の時に見た商船学校の帆船実習のテレビを見て、船乗りになろうと思い、ただ漫然と船にあこがれていただけでしたが、このヨットを映画で見て、俺は将来ヨットを持つのだと決めました。(当時は単純であったなあと思いしらされます)
アランドロン
その後大きくなって船乗りになりましたし、幸いにもスペインの地中海マジョルカ島にケッチを置いて遊ぶこともできました。この映画は老生の人生に大きく影響しました。
映画自体はラストシーンが衝撃的ですが、その内容自体が影響を与えたわけではありません。まあそれの影響を受けて育ったのでは悪の道に走ることになったのでしょう。笑い。
船乗りは人生半ばで、外航船員絶滅の経済状況になってしまいました。岡に転身して、ヨット・ボートの輸入代行業をやることになりました。その経験から、現在に、映画のヨット・45-50fサイズを木造ヨットで作るには1-2億ぐらいかかるでしょう。あの映画のできた1960年より10年後には強化プラステイック・FRPでハルを作る時代に突入して現在に至りますので、今では木造のヨットを作る造船所は絶滅危惧種になってしまいました。
あの時代のヨットの形状はほれぼれするほどスタイルが美しいです。細見の横幅でデイープキールです。船は女性で表現されますが8頭身美人といったところでしょう。現在ではこのスタイルのプロダクションヨットは存在しません。クラシカルな美というものでしょう。欧米ではこのタイプのヨットが好みで、古くてもメンテにお金と労力をかけて維持しているマニアは存在します。中古艇のマーケットで売り出されているものがあります。でもそれを購入する人は多大の時間・費用・知識を要求されるので、間違うと外国からタキギを買った結果になってしまうでしょうね。(笑い)
老生の実力以上ですが隣に係留していて眺めるだけでしたら最高でしょう。
Plein Soleil 9分
https://www.youtube.com/watch?annotation_id=annotation_
563051&feature=iv&src_vid=xxGdzSPPDKM&v=VwhAPyfxarY
セーリング 2分
https://www.youtube.com/watch?v=abNg6jfLa_U
フィナーレ 2分
https://www.youtube.com/watch?v=a6NFwpGr6y0
2015-3-30
ヴァイキング22
弓削にて停泊中に、懐かしのヴァイキング22・敷島号に出会いました。 そのヨットは50年程も前に小生が初めて購入したクル-ザ-です。 今は亡き明石ヨットがそれを15隻ほど製造したと聞いています。 そのオ-ナ-は関西の方で、元従業員の山崎さんからアドヴァイスを受けながら、彼がリフォ-ム復元されたヨットに出会ったのです。
製造されたそのひとつのヨットが岡山県玉野にあり、道路わきに展示されているように放置されていて、無残な状態を小生は見ています。 私が同僚に手放した艇は他の人に渡り、それを昔の仲間が見て、私に見ないほうがよいと言ってくれました。そのことは半世紀余りも経たことなので、しかたがないのかもしれません。
私が所有していた時でもそのヨットは木部が多く、3か月ごとにニスを塗っていないとメンテナンスが大変でした。 自分がヨットを置いているいる現在のハ-バ-には、オール木造ヨットが2隻あります。 それらは大変に良い状態でメンテされております。 いずれもフルカバ-をしています。 従いヴァイキング22もそれをしていれば、長く保たれるのではないかと今は思っています。
建造時の昔の話です。 当時はマーメイド号の堀江さんの太平洋横断の本に書いてあった影響でしょうか、ヨットを作るときは造船所に泊まり込んで作るのだという話がありました。 当時は長距離フェリ-の乗組員でしたが、会社に願い出て、2週間ほど臨時休暇にしてもらい、兵庫県高砂の船員保険施設に泊まって、造船所に毎日通って作った最初のヨットを手に入れました。
建造中、 速魚と小生(若くて別人かとおもわれるのか....)
その愛艇を4年間ほど九州の日向市に置いて楽しみ、最後は日本周航するために、会社を辞職して、周航を終えて会社の同僚に手放しました。
小生はデインギ-しか乗ったことが無く、ヴァイキング22。「初代速魚(はやめ)」は初めてのクル-ザ-ゆえに苦労もし、楽しみもしたヨットでした。 2隻目は友人と共同で52fのケッチ「PING906」を買いましたが、それよりも思い入れの深いヨットに「初代速魚」はなっています。 さらにヨットの信頼性という点では、今乗っているヤマハ31フェスタ・「速魚Ⅱ」よりも、小さいながらも頑丈で時化ても安心して乗れます。
欠点は腰が弱いことでブロ-が吹くと速やかに傾くこと、長さがないので波やウネリの中に入ってしまうこと位でした。 長所は、機走で現在のヨットとほぼ同じ5ノットで走ります。 また、停泊地の心配はありません、喫水が1.2m強なのでどんな小さな漁港でもスペ-スはあります。 クル-ジング中は、夕方まで走り、それから近くの停泊地を探せば良いことになります。 加えて、ハルの形状はロングキ-ルでしたので、今悩んでいるホンダワラがペラに絡まることは無かった。
当時は、オ-トもファ-リングもGPSも無い時代でしたが、チャ-トと簡易港湾案内とラジオを聞いて天気図を書くことでクル―ズできました。 そのような、古い時代ではありましたが。
予期もせずに敷島号に出会えたことは老生にとっては懐かしく嬉しいことでした。その夜は彼と話がはずみ、楽しいお酒が飲めました。
敷島号
初代 速魚
2022-9-10
マリンサーベイヤー
ボート・ヨット先進国欧米ににあって後進国の日本にないものはマリン・サーベイヤーです。中古艇の売買ではもちろんその使用は自由ですが、サーベイヤーにコンデイションサーベイをかけます。サーベイレポートにより、故障しているところの修理や値引き交渉などができます。バイヤーの負担で雇になりますが、中立的な立場でサーベイを行います。船のサイズにより料金が決まり10-30万円ほどです。その際の上架料金は別になります。シートライアルもやってもらうことができます。
あくまでサーベイはその時点での状況判断で、中古に起こりがちな、そのあとすぐに故障したときの保障をサーベイヤーがしてくれるわけではありません。
日本では買主の見た判断で購入が決まります。ボート・ヨットの場合は現状渡しがほとんどでその後の保障や修理はありません。日本のサーベイヤーに、造艇知識や機器の知識それにボート・ヨットの実務体験などを備えている人がいないのも事実です。
それでサーベイのシステムが普及しないのでしょう。アメリカでは学校もあります。
日本にしかない独自の船検の制度がありますが、これも合格したすぐあとの故障も責任を持ってくれるわけではありません。法令に合わせた事項に合致しているかを確認するのが検査員の仕事です。従いかなりの教育と経験をしなければ船検検査員がサーベイヤーになれるわけではありません。
中古の判断は難しくリスクもあると承知で買うのが日本の現状です。サーベイヤの普及がすすむといいのですが。
弊社のHP http://gentlebreeze.sakura.ne.jp/
輸入代行・ヨット・ボ-トのブログを開設しました。
http://gbdaikou.sblo.jp/
2014年 8/27
下津井瀬戸と水島航路の横断
瀬戸内海をヨットにて通航をする場合は、東航・西航するには備讃瀬戸や下津井瀬戸のいずれかを航海することになる。 バブル華やかしころに本船乗りをしていて、夜の宇高連絡船との行き会いは今思えば、美しくもあり緊張を伴う悩ましいものでありました。 宇高連絡フェリ-は昨年廃止されたので宇高東・西航路を航行する船は今では少ないでしょう。 当時はひっきりなしに連絡船が行き来していて、おまけに備讃瀬戸航路上にも同行・反航の内航船がゴマンとジュジュつなぎに航行しており大型船にとっては大いに注意を要した。
備讃瀬戸東 宇高東・西航路
ヨットマンの聖地と呼ばれる弓削海の駅に立ち寄るヨットは多いでしょう。そこへ瀬戸内を西航する場合には、下津井瀬戸を利用できます。備讃瀬戸航路航路経由で行くときには大型外航船が多いので、それを避けたいと思うときに小型内航船の多い下津井を利用する。 下津井瀬戸は潮流が最大10ノットにのぼる時があるので流速には留意する。そのことよりも大きな問題は水島航路を横断通航することになるので、大きな注意が必要です。ここさえ抜ければあとは比較的容易に弓削に行けるでしょう。
下津井瀬戸と下津井瀬戸大橋
航行・横断注意点
1. 水島航路には巨大船が航行する。進路警戒船が先導している。
2. 水島航路を横断した後でも六口島北東方向から倉敷港を出港して水島航路を通航しない本船がある。
3. 荷役待ちの錨泊船が多い。
4. 土地柄か引き船やプッシャ-が多い
5. 水島航路上船舶は優先される。こちらは航路横断船になる。行き会う船をすべてを避けるつもりで航行し、速度を調整するなどして特に航路中央での行き会い状態を避ける。
6. 70m以上の本船は行き先信号をマストに掲げている。信号所で出港・入港信号が点滅表示される。VHFでこちらに管制センタ-より指示があるときもある。VHFを備えている場合には聴取のこと。
7. 追い越される船になることが多いので追い越し船の追い越し信号に注意。後方は要注意。
8.衝突を回避するために相手船と左舷対左舷、右舷対右舷で航行する意思を早めにこちらが変針して伝えることが重要である。
一時的にここを通航するヨットにとっては、この海域の海上交通法による法規を習熟するのは難しいでしょう。 ヨットにとって通航する際には空いたタイミングを計り通航する。また、多数の船が見えている場合でも衝突の恐れがある船は1隻であることから、それを避けていくことにより危険度の大きい船より順次対処することになる。
ヨットが優先権を主張してもしょうがない。何かあれば、小さいこちらに被害が及ぶだけです。
赤線は下津井瀬戸より水島航路横断
行き先信号旗 汽笛を鳴らす地点 詳細は海上交通法による
弓削から東航する場合には与島・500円と本島・笠島地区・1000円がおもしろい停泊地になる。
全国ヨット泊地 https://hayame.coolblog.jp/custom4.html
2020-1-19
航海計画
台風14号が日本列島を縦断した。 935mbの非常に大きい台風であったが、予想されたほどの大きな被害を受けなくて済んだようだ。
今年の巡航は、2019年に九州一周を半ばで中断したのを再挑戦するプランを立てた。時間的な余裕を持つために、その航程を2つに分け、天草付近のマリ-ナて秋まで短期係留をして、春と秋に実行しようと計画をした。
しかし、岡山の母港に向かう行きの新幹線の中で、台風時期の保管に不安を覚えて急に考えを変え、隠岐クル-ズを行うことにした。 無事にそれを終えて現在は自宅にいる。 今回の台風は予定していたマリ-ナのすぐ近くを通過したようだ。 このことを恐れてプランを変えたのであるので、結果的には大いなる心配から避けることができた。
それでも、この決断が遅くなったことによる大変さを、小生は今回のクル-ジング中に味わされることになる。 事前の航海計画が十分に練られていないので、その日その日の行動は、行きあたりばったりのものになった。 その反省のひとつとして「山陰の主要港と補助港」をまとめた。 突発的な出来事による入港予定地の変更には今後に山陰に行かれるヨットマンがこの港リストが参考になれば幸いです。
山陰地方の主要港
山陰地方の人にとっては、冬の強い北西季節風に悩まされていこると思われますが。 ヨットマンにとっては、その寒い時期にそこを航海する人は、まず、いないと思われる。
山陰地方の春と秋には、北東と南西方向の風が、連続的一方的に山陰の地形に沿うように収れんして吹くようである。 従い、その風向の交替が起きる時期を知ることは、向かい風を避ける航路を選びたいヨットにとって重要なものとなる。九州の北岸・玄界灘もその影響下にあるので平戸方面に向かう時も同様である。間違うと新門司マリ-ナでの長期の滞在の結果が起きる。
Windyは先の4-5日の天気を知るには必須のものである。それでも航海計画に使用する機能はそれには無いようである。
昔の古い古い時代であるが、チャ-トのみでクル-ズしていた時には、本船用の水路誌を購入して読んでいた時があった。それには気象傾向が述べられている記事があり、おそろ恐ろしい内容でそれを読めば行く気が失せるような時代があったのである。 今は気象に関してはWindyが十分に役に立つ。
海外のロングクル-ズではパイロットチャ-トを参考にして大洋横断の時期など検討したことがある。 日本付近のものがあれば役に立つのではないかと思わます。
過去の気象を長期に渡って見られるものがありそうであるが、私の努力が足りないのであろう、見つかっていない。 また、最近の気候変動で今までの例年パタ-ンが役に立つ時と立たないときがあり、そのことの考慮も必要とされる。 役立つ資料が見つかったとしても、難しいことに、それゆえに個々の艇長判断が重要なものとなる。
2022-9-22
油津 宮崎
内之浦にてエンジンの回転計の故障に気が付き、油津ヤンマーの代理店に電話して修理を依頼した。 ヤンマーの事務所の前の岸壁に着け、すぐに修理をしてもらい無事回復した。
夜中より胸に違和感を感じ、すぐに入院して5/10より6/8まで滞在することになった。漁協、ヤンマーエンジニアリング、末永電機マリンの方々に長い間お世話になりありがとうございました。
赤丸は停泊地、 青丸AとBは候補地
赤丸 停泊地
青丸A 候補地
赤丸の岸壁は20トンくらいのまぐろ・かつお漁をする漁船が休養に使用しているようだ、入院ゆえに長い停泊をしてしまったが、ここには岸壁に梯子が設置されていないので2m以上の潮汐があるのでヨットへの乗り降りは時間制限がかかる。 青丸岸壁にはハシゴが2か所あるので、そこへ付けるのが正解であると思える。 他に内港の白いタンクの後ろ側(青丸)に外来船ようの岸壁がある。ス-パ-、コインランドリー、ガソリンスタンドあり。
油津は宮崎県の歴史ある天然の良港です。 飫肥藩の飫肥杉の積み出しのため堀川運河、江戸時代初期に開削された。
大正10年建築の赤レンガ館、 競売にかけられていたのを街の有志30人で買取り保護したという
2023-7-31
枕崎 ヨット泊地
最初は奥にある大きなポンツ-ンに着けた。 しばらくして市役所の人が来て、ここは不適であるという。 確かに明け方に大型トラックが来て漁船からの積み込み作業をしていた。 それで下図にあるすぐ横の階段のある赤丸位置に接岸係留した。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
係留不適ポンツーンと赤いヨットは青丸候補地
赤丸に横抱きして係留
お風呂はJR枕崎駅近くに銭湯がある。 ス--パ-とコインランドリーあり。 関東出身のヨットマンNさんには大変お世話になった。お土産まで頂いたありがとうございます。 ドイツから来ていたイコールマストの自作風ケッチは対岸の上図青丸位置に着けていた。この位置も広く外来用のスペ-スがあるようだ。 市役所の人が地元漁船に随分と気をつかっているようです。
JR枕崎線hは指宿以降は日に5-6本の少数の運行なので注意が必要です。
2023-8-10
心筋梗塞で入院 クルーズ中
宮崎県立日南病院
2023年 5月10日に内之浦から油津へ入港、昼前に着き、1300頃よりヤンマーの代理店の人が来て、回転計の修理作業をした。 アースの線が切断していただけであったので、1時間ほどで終了。 油津の町で買い物をして夕食を済ます。 明日は飫肥城でも行くつもりで就寝。
胸が息苦しい感じで目が覚める。 深呼吸をすると気持ちが良い。 胸に違和感を感じるので、朝になったら外来診療を受けようと思う。 入港までは追手の風で帆走していたので、排気ガスを吸いながらの航行であった。 そのせいで呼吸器系統の病気でないかと思っていた。
どこのクリニックがいいか分からないので早朝にもかかわらずに緊急相談センターに電話してアドヴァイスを求めた。 6年ほど前に脳梗塞をやっているので、3時間以内のMRIのある病院での診断・治療が重要であるということが頭の片隅にはあった。 症状を話すと県立日南病院を紹介される。 さっそく電話して話すと、すぐ病院に来た方が良いとのことであった。
朝4時頃であったのでタクシー会社ヘ3件ほど電話したが、どこも来てくれるところが無い。 ひょっとして入院になるかもしれない気がして、バックに入院準備品をつめこみJR油津駅まで歩き始めた。途中で看護婦さんから連絡があり救急車の利用をすすめられた。119番に電話して救急車にのり病院に着いた。
さっそく検査して、脳梗塞になりかかっているということで即手術である。 手術自体は手の部分のみの麻酔で、先生の手術中の会話を聞きながらのもので、痛くもかゆくもなかった。 いわゆるカテーテル手術で狭くなっている血管をけずりステントで補強する手術であった。 術後の安静が必要で、2日は集中看護室それに1日の準集中看護室に入り一般病棟に移った。
退院までは3週間と告げられた。血管の詰まった先が壊死しているかもしれないので、経過観察が必要なのでその日数を要するという。 退院まで携帯心電図を着けたままであった。 リハビリは徐々に段階を踏んで歩く距離を増やしていった。 ランニングマシンや自転車こぎの装置で負荷実験をした。 退院間際にもう1か所の狭くなっている血管を同様の手術を受けた。 これは詰まっているわけではないので、3日でOKであった。 早く分かれば簡単に終わるということでしょう。70近くになれば一度は心筋梗塞の検査をおすすめいたします。
心筋梗塞は致死率20%ということだ、痛いわけではなかったし、悪化することも無く、今回も最悪のケースは免れた。それでも、いつまでも幸運が続かないということは覚悟しておくことであろう。 ヨットのトラブルも含めてそう思います。 何がおきても不思議でないという年齢に達したということでしょう。 航海中にこれが起無くて良かった。 感謝。
日南病院の皆さま、3週間余りの油津係留でお世話になった皆さまありがとうございました。
油津で入院中係留させていただきました
2023-8-18
2023年 春巡航 九州一周 その2
http://hayame.net/custom41.html#spb-bookmark-1047
濃霧
上関からクダコ水道までの予定航路、 白線に囲まれる範囲に濃霧発生
2022年7月17日に隠岐巡航の帰りに濃霧に会った。 いつものように朝5時に上関を出港してクダコ水道を経由して下蒲刈を目指した。6時頃になって、平郡島に差しかかる付近より濃霧になり先が見えない。 レ-ダ-は無い。 古い話になるが、北海道を周航した時、さんざん濃霧に悩まされて「レ-ダ-の無いヨットでは北海道には行きたくない」と肝に命じていたのであるが、この時期は瀬戸内でも霧が発生することがある。巻き込まれてしまった。
たしかWindyにはそのような霧の予報は無かったと思う。 知っていれば出港は取りやめにしたと思う。 また、平郡島の前方で霧の気配がしていたように見えたので、それを感知して、引き返す決断をすべきであった。 そのことは後になって振り返っての話になるので。事故が無くて良かったが、そのような決断はなかなか出来ないのが実状であろう。
ここまで書いて気が付いたのである、霧情報としてはWindyは役立たない予感。他に何かあるかと言えばラジオ・テレビの天気予報である。これは欧米のものと違って、海のことが意識されていない「洗濯干し情報」のようであるのでこれも役立たない。 そうそう、あったではないのか、それはVHF16チャンネルの海上保安庁の航行警報である。 残念ながら怠慢な小生はVHFの電池切れを放置していて聞くことができない状態であった。 クル-ズに出る時にはこれをメンテしておくべきと知らされた。
平郡島の北側は小型船、南側は大型船の本船航路である。 従い今回の濃霧中では小型本船との行き会いになった。 レ-ダ-は装備いていないけれどNewPeckスマ-トを持っている。それにはAIS機能があり他船の位置と進航(船首)方向が表示される。霧のなかでも他船を避けるのに、それは役に立った。
元本船乗りであったので、昔にレ-ダ-を霧中に使っていたのを思い出した。 それは、ダ-マ-トグラフの鉛筆でレ-ダ-画面に他船の位置をプロットして描き、その位置の変化で他船の動向を把握して避航動作をしていたことである。(今の商船はもっと近代化したレ-ダ-を備えていると思われる) ニュ-ペックでも船首方向は矢印で表示されるので、ヨットの場合は、他船と衝突の恐れがあるとの判断を待たないで、早めの大きな避航動作で他船にこちらの意図を知らせる必要がある。他船は霧中ではそのまま進路と速力を維持したまま航行してもらうのである。 ブイ近くでは他船は次の針路に転舵する予想が重要でその方向を考慮して、こちらも対処しなければならない。
幸い10時頃には霧が晴れた。 しかし、行き会い状態のガット船が反航してきた。 それはニュ-ペックでは確認されていない、ということはAIS装備していない本船であった。 霧中でなくて幸いであった。 本船はすべて装備していると今まで思われてきたが、法令で任意になっている船舶もあるのかと知った次第である。 調べてみると。
AIS 設置義務船
1. 国際航海に従事する300トン以上の船舶
2. 国際航海に従事する旅客船
3. 国内航海の500トン以上の貨物船
航行中にニュ-ペックを見ていると上の義務よりもっと多くが設置しているようには感じていますが、ヨットにとっては内航船・漁船にもっと多く設置してくれればなあと霧を体験すると願望するものです。
AIS位置情報 下記のオケラネットによる
http://www.okeranet.com/AIS/ais.html
https://www.bouken-asobi.com/map_ais.html AISライブ船舶マップ
2022-9-8
白石島 ヨット泊地
白石島と北木島 地図
北木島には「ゆうこうまりん」のセ-ルロフトがあり、昨年に楠港に着けてメインを担ぎ持ち込み修理してもらいました。 その北に白石島があります。 白石島の新港が東岸にあり係留した。 そこはフェリ-・連絡船乗り場のある旧港に比べれば広さもあります。 しかし、意外とヨットを着ける場所が見当たりません。 港内でぐるぐる航走しながら探していました。 たまた同時期に入港した漁船が見かねてポンツ-ンに駆け寄って来て、“ここへ着けよ”とモヤイを取ってくれました。 親切な地元の人に感謝です。 ここに3日間ご厄介になりました。
到着後にエンジンの点検をしたところ、出港前に業者を使って修理してきているのに、燃料漏れが見つかる。 ビルジたまりに1cm位の軽油が溜まっていた。 従い、これからのクル-ズは断念する。 プランを変更し、気も取り直して、鞆の浦、真鍋島に行くことにした。フェリ-と高速連絡船を利用してそれらを訪ねました。
連絡船乗場 付近
係留期間中の漁船の動きはほとんど見かけずに、現役の漁船が置いてあるようには見えなかった。 微妙な間隔で係留していて、槍付けするのならスペ-スがありそうです。このポンツ-ンの横に漁船を上げるスロ-プまでの間には横付けできるスペ-スがある。 まあこのポンツ-ンが使用可能ならベストです。
新港 ポンツ-ン 左の大型漁船に伴抱きも可能とのこと、 左にあるスロ-プとの間にも横付けできそうです。
この赤いポンツンに係留
ヨットも3隻ほど係留している。
ここより「連絡船のりば」へは徒歩10分くらいで行ける。 お風呂は無し、買い物は地元の小さいお店がある。 ガソリンスタンドは見かけなかった。
2020-7-29
内之浦 風速30mでの錨泊
港内から南東方向を見てみるとちょうど山間で風が抜ける地形のようだ
指宿より内之浦に向かった。 このことは今回のクル-ジングで難関と予想してきたが、実際にそのようになった。 台風の時にはヨットを出すことはないけれど、台風並みの烈風・風速30mで内之浦港に入港する事態となる。
前日のウインデイの予報ではこの日の夕方近くになると赤表示の風速予報で、そのような時には出港を中止するのが常である。 事前の航海計画では指宿―内之浦50マイルとして平均5ノット弱で10時間の航海を期待していた。南西の風の予報ゆえに大泊泊はウネリが入りそうなので避けたい。本当はそこを中継地にして一泊して距離を縮めたいのではある。
朝五時に指宿を出港。 佐多岬を大きく沖出しして、後方からの大きなウネリを受けながら航行する。 出港の時に迷いがあった気持ちも、途中では、やっぱり今日出て良かったという気分であった。 ロケット打ち上げ場近くに来るとだんだん風が強まり、火埼を回り込んで内之浦湾に入るころには真っ白な白波である。 追手の強風でも岬をかわすと風が弱くなりセ-ルを畳んだり入港準備ができることが多い今までの経験だが、今日はそれを許さない。
後からニュ-ペックスマ-トをチェックすると入港までに2回転している。 港口では船速がゼロの時があった。 港内に入っても白波で真っ白である。とても接岸できるとは思えない。 漁港の真ん中付近でアンカーを打った。 コックピットから打ったのでアンカーロープを船尾から船首にもやって風に立てた。おもてから風を受け機関を廻したまま、雨の中をアンカーワッチする。 夜10時過ぎに風が少し凪だのでカッパを脱ぎバースにころがりこんだ。 朝起きたらウソのように凪いでいたのでアンカーを巻き上げてヨットを着岸することができた。
岸壁に前日から繋いでいたヨットマンに伺うと、昨日はとても助けようにもヨットから岸壁に登れるような状況ではなく、ヨットの計器で風速30mを示していたと聞いた。こんな日に出てはいけないとも忠告される。
シングルハンドではアンカーロップを整理しておき、いつでも使用できるようしておくのが、命を守るということでしょう。 といっても老生のヨットは難民船と呼ばれるくらいに物が多く片ずいていないヨットではある。
夏の時期の南西の強風時には内之浦港は吹き抜けの風があるので、十分に注意する必要がある。
2023-7-18
大入島海の駅・大分佐伯
別府北浜ヨットハーバーから佐伯の大入島にある海の駅に行く。
濃い海霧になるとは予想していませんでした。上関からマリンピア武蔵に向かう時も、0600に出港してすぐにガスになり、一旦引換して、0900頃視界が開けて再出港したことがありました。 同様に別府を0600に出ましたが、最初は視界が良かった。佐賀関近くに行くと急に四国側からの風に乗って霧が到来、みるみる視界不良になりました。霧笛が近くで聞こえます。佐賀関へ行くフェリ-のようです。 友人佐野のヨットに乗ってる時に、霧中で地中海のスペイン沖に座礁したこともあり、前の艇でも北海道でさんざん苦しめられました。その時に今度のヨットはレ-ダ-が欲しいと思いつつも設置できていません。一時は佐賀関に向おうとも考えましたが、何とか速吸の瀬戸を通ることができました。 今度からニュ-ペックを使い始めて、ノ-トパソコンで常時位置が分かるところが昔と違うところです。他船との衝突だけを気にするだけと言っても怖いことです。半分は楽になったとはいえ、レ-ダ-ほしいですね。
地元のヨットマンによれば、台風避難には最適だそうです。大分や別府に逃げる位ならここだそうです。台風がどのコ-スを通っても安心と太鼓判です。
しかし、この海の駅のバ-スはマリンバスが使用している空きへ着けている関係でそれの影響での引き波で大きく動揺します。多めのフェンダ-は必要です。それが沖を通るときでも驚くほどの引き波です。
バ-スの先端はマリンバス専用になる。
食彩館 ここで入港手続き 無料です。
2017-8-15
関門海峡と進路警戒船
初代「速魚」による通峡 、 45年前
40年前に初めて関門海峡を通ってから4回目になります。しっかりと潮汐表を準備しての通峡でしたが、サイトで調べられる時代になったので、表なしで今回は通航しました。
新門司マリ-ナを出て2時間余りで門司埼・関門大橋の近くに着きます。 そこでエンジンの音が変わったので潮に当たったのだと思いました。速度も1ノット落ちて4ノットになる。その後に池島で潜ってその原因がロ-プのスクリュ-への巻き込みだと、2週間も過ぎて判明します。余りスキルのあるヨットマンではないとバレてしまいました。
その時に門司埼の方向から真向かいの行き会い状況に作業艇らしきものと衝突の恐れが生じました。法令に従い舵を右に切り避航動作をとる。 相手船はそのまま接近してきて、左に寄るようスピカ-で怒鳴るように
指示される。その船は巨大船の関門海峡通航にまつわる進路警戒船であった。 彼の意図は、海峡の最も狭くて潮流の速い門司埼でのこちらのヨットと巨大船の接近を避けようとするものであったのでしょう。 指示どうり左に針路を向けて、こちらの意図しない門司埼にごく近くを通航するハメになりました。こんなに近くても門司埼を航行できるものだと思いましたが。
警戒船が自分の意図どうりにしようと思うなら、真向かいの航法が適用されるこちらへの接近は避けるべきでしょう。ヨットに左へ舵をきらせて、右舷対右舷での通航をさせたいのでしたら、ヨットへは警戒船の右舷を見せてヨットに接近すべきである。なぜなら真向かいの航法では互いに右に舵をきるからです。
この警戒船ではないが、進路警戒船には赤の吹き流しを揚げているようである。
関門海峡 通常は右側航行であるが、100トン未満の船は門司埼に近寄って航行できる特例
真向かいの航法
元船乗りで巨大船に乗ったこともあるので、舵効きが遅くサイズの大きい本船では瀬戸内海などでは、本当に進路警戒船はありがたいと実感したことがある身の上ですが、今度は指示をうける小型船に乗ってみると、適切な行動をとってもらいたいと思うものです。
帰りにも再度逆から通峡しましたが、ブイ近くを航行していました、後ろから追い越される船にブイの岸よりの浅いところへ追い込まれそうになりヒヤ汗を掻くことになる。 峡水路の通航の際には潮止まりの時刻を狙うことが多いのですが、関門では連れの追い潮4ノットでも行けるようです。
下関からみた関門大橋
2018-11-1
座礁 野間池
野間池 赤丸は笠沙えびすポンツ-ン
ニュ-ペックスマ-トによる座礁地点 外堤防横の赤斜線は定置網の位置表示、
ヨットの座礁については、それが避けられないものであるかのように知たり顔にブログで書いてきました。 今回は起してはいけない恥ずかしいものでした。 3隻目のヨットになるのですが、前の2隻のヨットでも砂地への座礁を経験しています。 しかし、今度の事故は初めての岩への座礁であり、自分の責任が大きいというものでした。 外航の航海士の経験のある老生にとって、この座礁が当時の勤務中に起こした本船の座礁事故ならクビになっていただろうと思えるものです。
その事故とは、2023年4月12日、下甑島長浜から野間池に向かっていた時です。南西の風のアビ-ム帆走で快調に港入り口まで来ました。外防波堤の突端に着きましたが、内港の入り口は見えずらかったので陸地へ接近した。 防波堤横にはイケスのような網が見えた。 ニュ-ペックスマ-トには5m水深の線が描れている。 上図の色の濃い水色区域。 2m水深ラインの表示は無い。 杭が4本設置されていたがその意味はこれより陸側は浅いということであった。 灯標によくある青赤ブイのようだと誤認してその間を通航すべき意図で杭の内側陸地側に寄ってしまった。 座礁である。 機関を後進いっぱいにしても抜けだせなかった。 その作業中に港から船外機付きの和船が出てきて、こちらに気が付き離礁作業に協力してくれる。30分ほど行ったが10馬力に満たない船外機でではロ-プで引き出せなかった。 その後養殖に使われる船首にクレ-ンの着いた20トン程度の作業船が出てきて、20mmのえい航ロ-プが切断したけれど、無事に深いところへ引っ張りだし救助してくれた。 岩の海底であったのでゴトンゴトンとぶつかりながらの作業であり心配があった。
そこから笠さ恵比寿海の駅(廃止された)のポンツ-ンにヨットを係留した。 ビルジに水が貯まることは無かった。そこで潜って船底を確認したが、バラストがこすれて塗料がはがれ白くなっている。小生の潜水能力の不足ゆえに詳細な点検はできなかった。 その後に、救助のお礼に伺い、マルハニチロ会社のクロマグロ養殖に携わっている人々が助けてくれたのを知る。 最初の船はえさやりの船、引出してくれた船はイケスからの水揚げをする船であった。 ヨット積んであった焼酎を持参したのであるが、受け取ってもらえずに、お礼だけ終わってしまう。 その帰路に軽自動車にヨット関係のブランドが車体に描かれているのを見かけた。 ひょっとして業者の方かなと思い声をかけた。 なんと串木野で大変お世話にまったNさんのお兄さんであった。 夜はお風呂に入れてもらい潜った塩のついた体を洗い、お酒と夕食のごちそういただいた。 不安な気持ちもこれで和らいぐ。串木野に戻りそこで上架して船底の点検をすることにした。
翌日に串木野に着き、クレ-ンの手配を地元のヨットマンに依頼してもらった。 あいにく1週間ほども待機となった。4月20日にクレーンが来て岸壁の横で吊上げてもらい、船底を点検した。 ガラス繊維の作業の職人さんにも見てもらった。 船底の亀裂やふくらみは無かった。ビルジも貯まらないようなので航行に支障はないようだ。 引き揚げ降ろし作業に串木野のヨットマンが総出で手助けしてくれた。 クル-ジング中の小生には本当に心強いものであった。 皆様ありがとうございました。 おまけにクレ-ン代も25000円で40トンクレ-ンとしては格安でした。口をきいてくれたおかげである。
ニュ-ペックを船内のPCに作動させてヨットを出すのだが、シングルハンドではわざわざキャビンに降りてそれを見に行くことが少ない。ニュ-ペックスマ-トを手にして以来コックピットでスマホを握って航海をしている。 サブには古いスマホにナビオニクスを立ち上げて使う、これには通信環境を必要としないでGPSが使えるスマホなら使用できるもの。 速度表示はナビオの方が大きく表示されわかりやすい。 港内表示はさすがにニュ-ペックの方が詳しい。 今回の野間池の水深表示が5mまでであるので、そのラインを警戒線としなければならなかった。 定置網表示の赤の斜線は、 上図のように少し大きめに表示されることが多いようで少し中に入っても経験上良いように思われる。 今回は網に寄って入港すべきであった。 また、グ-グルマップの航空写真を拡大すると野間池内港入り口陸側に昔の防波堤を壊した跡が判明している。ここにその時の破片・岩があるので避けるべきであろう。
ロングクルージングと座礁
2022-7-8
魚島
備讃瀬戸を東西に航行していた時に、島にビルが建っているのを見かけたので、気になっていた。 今回新居浜より弓削に行く機会があったので、立ち寄りしてみる。
魚島は愛媛県上島町に属し瀬戸内の真ん中にある島であるが、交通は本土方面の因島と弓削島より町立の連絡船があり、 愛媛県・弓削島には上島町の役場がある。
魚島 南方より眺める
魚島港入り口風景 離島にしてはビルが目立つ
港内に入って少しウネリがあるようなので、予定していたところより奥へ行った。 漁具の手入れをしていた老人に尋ねて、その人の勧めでポンツ-ンに係留しようと1本のもやいを取った後でスグに、これの持ち主と思われる漁師さんから怒られてしまう。 しかし、好意により明日までの係留は認めてくれた。 無断で自身の所有のポンツ-ンにヨットを係留されれば怒るのはもっともである。 一応、地元の漁師さんに聞いたつもりであったのだが。
シングルハンドであるとヨットの着岸は一発できめたいものである。 いつまでたっても着岸に習塾しない小生にも問題ではあるが、ロープを舵にからめてしまった。 11月の海中に潜ってはずす羽目になった、思ったより水温は温かかったけれど。
青丸 予定係留地 赤丸 実際の係留地
港内
洋上から目にしたとビル群は離島振興法で出来た建物であった。観光センタ-や住宅に使われていた。
赤丸 係留場所 養殖業者のポンツ-ンに係留させてもらいました
青丸 予定していたの係留場所 小さいウネリが入っていた
最初にイヤな思いをすると後にひきずるもので、この島の印象は個人的に良いものではなくなった。 あとの時間も有効に活用することもなく終わってしまう。残念である。機会があれば気を取り直して訪ねてみたいものだ。
2021-1-24
錨泊・アンカリング
錨は大事さあ
ヨットにアンカー・錨を積んでいないヨットマンがいる。 レースを中心に楽しむヨットマンでウイークデーにしか乗ることのない人には必要ないのかもしれません。
土曜日に静かな人気のない入り江にアンカーして泊まり、満天のきれいな星を眺めていっぱいやるようなロケーションにも恵まれていない都会派ヨットマンなんでしょうね。
クルージングをしている方なら錨泊がいかに大切なものかを身をもって教えられるはずです。 錨は消耗品だと知ります。欧米の文明国なら日本の漁港なみにマリーナがあります。従いその位置の情報が大事になりますが、いったんそこを離れるとほとんど錨泊になります。経費節約のために錨泊することもあるかもしれません。
自艇にふさわしいアンカーの重さを知ること、アンカーの種類を知ることは大事です。錨泊法の練習もかかせません。アンカーを打ったらデインギーで水底を見ての錨の状態を確認にいったり、シュノーケリングで見たりすることも必要になります。双錨泊するケースも多くなります。その練習も大事です。日頃から慣れておきましょう。
アルミアンカー
おすすめはフォートレスのアルミアンカーです。 このアンカーで、昨年は30mの風速に中で31Fサイズのヨットで港内に逃げて錨泊して耐えました。 サイズは少し大きめですがその割には軽く取り扱いが楽です。 アンカーの効きには定評があります。
2014-9-25 、 2024-3-25
錨泊・アンカリング その2
http://gby.sblo.jp/article/104278535.html?1711323973
中島・忽那島 バス一周
中島・忽那島に停泊中に、北東風の強風に見舞われた。台風以外にフェリーが欠航することが少ないと云う日になった。 レンタサイクルで出かける日でもない。 そこで、島を一周している路線バスにて見て回ることにした。
大浦港と西中港は島を横断することになるトンネルで結ばれている。 前回訪問した時にはそこを抜け、自転車を借りてトンネル以南を走破した。今回は、トンネル以北の北半分を廻るバス路線があるので乗車した。 その後神浦(かんのうら)にある忽那公碑を見に南回りの路線に乗った。
中島には大浦港、神浦港、西中港へ連絡船が入出港する時刻ごとに合わせて連絡バスが運行している。東西航路のどちらかが天気の関係で運休しても、バス利用して中島の島民は松山へは行けるようだ。今日は東航路は運休で、西航路は走っていた。
忽那諸島 中島汽船航路図、 赤線は東航路、青線は西航路、 フェリーと高速船が就航
北回りコ-スでは途中でバスが停止して運転手さんが降りて倒木を取り除く珍しい場面に出くわした。 周辺の民家も少なく住民重視の福祉路線のようだ。 私一人が乗客である。
運転手が降りたシ-ン、 乗客は小生ひとり
南回りコースは神浦(かんのうら)で下車して忽那公碑を見る。 南北朝時代に活躍し忽那水軍の黄金期を支えた忽那義範が、南朝方の懐良(かねなが)親王を北朝の足利方からお守りしたことを称えている。忽那諸島を今回に巡ったけれど忽那水軍・海賊を記念したものはこれひとつだったような気がする。懐良親王がどこに住んだのかも分からなかった。
忽那義範は鎌倉時代後期から南北朝の時代の忽那諸島を本拠とした水軍の武将。南北期は宮方に属した。南朝の懐良親王をこの島に1339年から3年間保護した。軍功により柱島や備後の灰田郷の地頭職、周防国長野郷地頭職を安堵される。晩年は、足利尊氏との対立により宮方に転じた足利直冬と連携し活躍した
忽那義範公表忠碑、 瀧神社内
2024-11-22
呉湾内クル-ズ 、 呉 ヨット泊地
倉橋島海の駅に滞在中にバスにて音戸の瀬戸を経由して呉まで足を延ばした。
呉周辺図、 赤線は湾内巡航路、 青線はヨット航路
バスを降りてJR呉駅の観光案内所を訪ねた。そこでオススメの湾内観光クルーズ500円に参加した。 駅からフェリー乗り合い場所までは陸橋で続がっていて徒歩5分ほどである。
今回の格安ツアーは小用までのフェリーを利用してのツアーであった。 以前に江田島海軍兵学校跡を見に行ったときにこのフェリーに乗ったことがある。
赤色の音戸大橋 らせん道路を昇り降りする。
小用フェリー
案内所ではボランテイアガイドさんが乗船すると聞いたけれど、次の1200の便には乗ることになっていた。 ガイドさんがいなければ単なるフェリ-の往復乗船にしかならない。 よく確かめておく必要がある。 パンフレットにガイド乗船の記載がある。
大和波止場
フェリ-のりばの近くに大和波止場(公園)がある。戦艦大和船橋から左舷半分のデッキが埠頭公園に再現されている。 この近くには戦艦大和のヤマトミュ-ジアムや潜水艦の実艇があり船内見学ができる。
自衛隊潜水艦
呉 ヨット泊地
自衛隊の基地があるので、ヨットでここに停泊したことはありません。 しかし佐世保では停泊することができた。停泊候補地を上げましたので誰かトライしてみてください。
フェリ-のりばの対岸の大和波止場・ふ頭にハシごの設備が3-4か所あり、 許可が下りれば,潮汐を気にしないで安心して泊められると思います。港務局にでも尋ねる必要があるでしょう。
青丸は候補地
大和波止場 黒のゴムはしごフェンダーが設置されている
2024-12-21
ヨ ットの大圏航路
太平洋をヨットで横断したことはないので、体験的なことは書けませんが、本船では経験していますので参考までに書いてみます。
ヨットでは、この大圏航路を利用するのは、太平洋と大西洋で東へ向かう航路をとるときでしょう。西航する場合はトレ-ドウインドの利用になるので、そちらが優先されて使うことは少ないです。
本船でも自然条件に左右されることがあります。 それは、太平洋で冬のベーリング海の荒天を避けるために、アリュ-シャン列島の北を航海するかしないかで、純然たる大圏航路をとらないことがあります。実際の航路は30年前でも気象会社から航路の指示・オーシャンル-トがあって、船長判断ですが、それを航海していました。
ヨットで冬にこの航路をとることは無謀で航海する人はいないでしょう。それより夏のこの地での霧の影響でしょう。GPSが発達した今では大分に航海が容易になったと思いますが、レ-ダ-がほしいところです。
計算により航路を求められますが、北太平洋大圏航法図により例えば軽度10度ごとの地点をチャ-トから求めてそこを変針位置として求め利用している海図に移し替えて記入して変針針路を求めて航海していきます。
計算による例
野島崎34.54N,139.55Eからサンフランシスコ港外37.48N,122.40W
経度差10度で変針点とする。 大圏距離は4468マイル、頂点緯度48.10N,168.43W
変針路(四捨五入)
出発地 34.54N,139.55E N55E
変針点1 35.41N,141.17E N58E
2 40.34N,151.17E N65E
3 44.03N,161.17E N72E
4 46.24N,171.17E N79E
5. 47.44N,178.43W N86E
6. 48.10N,168.43W S86E 頂点
7 47.44N,158.43W S79E
8 46.24N,148,43W S72E
9 44.03N,138.43W S65E
10 40.34N,128.43W S60E
到着地 37.48N,122.40W
ヨットは風によりジグザグにしか進めないので、変針点はあくまで目標です。 西航するときのように
緯度線に沿って進む航路もありです。 ウインドマップ等により大圏航路を頭に描きながらの航路になります。 ヨットでは。
2016-6-3
追補
大洋横断するヨットには、今ではWiFi環境がほしいところです。 衛星電話によるしか無いのでしょうか。 辛抱さんのように陸から気象のサポ-トが受けられれば解決するかもしれません。 それもかなわぬヨットマンも多いでしょう。 日本にいる時のようにWindyが利用できれば良いのですが。 貿易風の利用できない太平洋・大西洋の東航進路の場合には、大圏航路を最短距離と意識して、衛星電話の短時間利用でWindyを使いその時の針路を決めるのが、デスクの上でのプランですが良いようです。
2022-1-10
犬吠埼
犬吠埼 赤丸は停泊地
銚子に着き近くの温泉に行く目的で銚子電鉄に乗った。 赤字で有名な電鉄会社であるけれど、「ぬれせんべい」の販売などの企業努力で現在は黒字達成になったようだ。電鉄犬坊駅で降りて、いくつかある日帰り温泉のひとつ銚子グランドホテルに行った。
ついでに犬吠埼灯台へ訪れる。 外航船乗りであった40年ほど前の記憶で定かでないけれど、米国西海岸から太平洋を越えて日本に着くランドフォールと叫ぶ地点は犬吠埼を見たときだったのであろうか? ここにヨット天測を紹介しているが同じ天測で商船も航海していた。と言っても40マイルレンジでレ-ダ-を作動して、高い顕著な山は当時でもレ-ダ-でとらえることができた。もっと明瞭な地形が移ってから船位を確定するのであるが。 ここは灯台では珍しい重要文化財に指定されている。 入園料を払い中へは行かなかった。
銚子電鉄
犬坊岬灯台
2025-7-20
20余年ぶりの下田
下田海の駅 2か所 xは座礁地点2か所
20余年ぶりに下田へ行く。 以前のようにヨットへ横抱きで着けられると聞いていたので、そこへ向かう。前は3-4列の幅があり川の入り口に近い場所に位置した記憶でしたが、現在は中ほどへ移り2列の幅で小さくなっていた、 そこへ向かうべき川の中央より岸寄りを航行すると座礁してしまう。抜けることができたので湾奥にある海の駅に向かうべく移動中に再度の座礁をした。川の影響で中央部分以外は浅いのであろう。 以前に3度ほど下田に来たことが有るので慢心していた。 低潮のときは注意が必要だ。 幸いにも近くの保安庁がゴムボ-トで引っ張ってくれたので離礁した。後で事情聴取を受けたけれど「おとがめ」なしで済んだ。川沿いにあるもうひとつの近い方の海の駅にヨットを着けた。
2つの海の駅は下田ボ-トサ-ビスが運営していてオカミさんが親切でみかんやおにぎり弁当を頂いた。ここは温泉やス-パ-、観光地に近い便利なロケ-ションである。天候待ちで4泊した。
現在の下田横抱きスペ-ス
下田海の駅 1泊5000円ほどの停泊料金
2025-7-24
関東以北のヨット停泊事情
下田-石巻 利用した停泊地
25歳の若いころに初めてデインギーを手にして三浦海岸に陸置きして以来、 関東のハ-バ-にはヨットを置けない庶民であった。 26歳でクル-ザ-を買い九州や瀬戸内の地方にヨットを置いて楽しんできた。
海の駅は最近になって整備されている、ヨットの停泊に便利になってきています。今までそこをゲストで利用してきたものには、西日本の海の駅は2000-3000円程度が普通である。 利用した西日本で高いなと思ったのは山口県の萩のもので5000円程度であった。 バッテリ-に充電が必要な時に小生は海の駅やマリ-ナを利用して、あとは漁港の停泊が中心になる。
2025年春巡航での関東以北の停泊地を上図に載せた。個人的な見解を述べます。
1. 海の駅
下田 5000円程度、水と電気あり、 温泉入浴と買物便利、 諸風を防ぐ、 スタッフは親切
伊東 10000円程度、 電気なし、 温泉入浴と買物便利
いわきサンマリ-ナ 10000円程度、 電気と水なし、 給油可能、 スタッフは親切
荒浜フィシャリ-ナ 2500円程度、入港日も加算される、 電気と水あり。近くに温泉、給油はスタンド
関東以北の係留地には先の震災時に全滅して再建したところも多い。未だに復興増税を支払っている国民がいる。マリ-ナが復興予算で再建されたどうかの個々のことは定かでない。地元の人にはリ-ズナブルの係留費だという。 なぜかゲストに高額な費用設定をしているのは納得がいかない。 ゲストバ-スに電気も水の設備がある、しかしそれを使わせない。気持ちが無いと云える、スタッフの人はそれが理不尽であると承知しているのであろう。他所よりも親切な対応であるのが救いだ。
2. 漁港・商業港
船形・千葉 2隻程度可能、
千倉・千葉 2-3隻程度可能
大原・千葉 スタンドで給油、かつお漁の盛んな時は満杯だと云う
銚子・千葉 1-2隻、 漁協に連絡、 スタンドで給油、 ス-パ-で買物、 漁業が盛況のようで空が少ない。
銚子マリ-ナ コンビニ以外買い物不便、
大洗マリ-ナ 買い物便利、 温泉あり
茨城港 停泊禁止
久慈・茨城 漁港の外防波堤に可能
大津 南風注意
久之浜 南風注意
松川浦・福島 湾奥に1-2隻可能
塩釜 湾奥の観光船のりば近く、 2隻程度、 買い物便利
石巻・宮城 全面的に停泊禁止、 罰金5万円、
海の駅のコメントにも書いたが、港や漁港は復興予算で造られたはずだ、邪魔せずに空いているなら係留を認めてくれるところは全国に多いのが現状です。
茨城港は港は空いている岸壁でもヨットは禁止である。石巻漁港は廃船・放置船の横に着けるけれど禁止通告を受ける、漁港には空が目立つのであるけれど、ここまで厳しいところは全国でも珍しい。 千葉県の漁港は心配したほどのことは無く、着けることが出来た。
荒浜フィシャリ-ナ、 2026年の3月まで短期係留する。 年32万である。
銚子、 10日ほどお世話になった
石巻 廃船放置艇の2隻の間に係留。 漁協の通報で2度市の職員が退去の通知に来た。
いわきサンマリ-ナ
伊東マリンタウンゲストバ-ス、 赤潮があり、海はきれいではない、 すぐ温泉がある
2025-7-25 2026-5-31 改定
和歌山マリ-ナシテイ ヨット泊地
徳島-和歌山 周辺図
自分のヨットが置いてあるマリ-ナをマンションから眺めてみたいと思うのがヨットマンの夢である。 マリ-ナを囲むようにしてリゾ-トマンションが建っているものはバブル前にはたくさん計画されたけれど、ここマリ-ナシテイのように実現したものは極めて少ない。 マリ-ナの建設計画ができると、まもなくバブルがはじける前兆です。結局、マリ-ナは計画倒れに終わる。ここのマンションの不動産広告を見て、2000万円くらいで中古物件を購入できるようです。 新築の売り出しでは億したのでしょうか?
受付桟橋とビジタ-バ-ス
上図のように受付桟橋にいったん着け、事務所で申し込み、奥のビジタ-桟橋に移動する。
和歌山ヨットクラブ ここにゲストバ-スがある
荷物をここで受けっとったけれど、ここには3つのマリ-ナが隣接しているので、名称に注意のこと
隣接するテ-マパ-ク
ここはトイレが不自由で隣接するテ-マパ-クの駐車場のトイレを借りることになった。温泉施設あり。
2025-7-31
ヨットと霧中航法
事故を起こしたガット船、 第38さだ丸、 テレビ大分より
山本真さんのヨット、 テレビ大分より
保戸島沖で視界の悪い中でガット船とヨットが衝突事故が起きてヨットが沈没して医師の山本さんがお亡くなりになりました。
ヨット衝突事故 船で実況見分
https://news.yahoo.co.jp/articles/04148ebdc2621062a958d46b51e46c01bdb631b6
今年の岡山から宮城までのでも春のクル-ジングにおいても関東に北上してくると霧で視程が悪くなった時が何度もありました。レ-ダ-を設置する余裕の無いヨットには春先の巡航は悩まされます。 ここでも濃霧の件は下記でとりあげています。
一番怖いと思わるのは、上記でも指摘していますが、今回はガット船との事故になりました。 商船でレ-ダ-の設備のない船は無いので霧中航法が不慣れな船長であったのでしょう。 28歳でこの手の船の船長になれるののかとはじめて知らされました。 年齢的に未熟がうかがえます。
霧の時は海上は波の高くない海況ですので海面反射の妨害を受けずに、レ-ダ-に小型船は写ります。 小生が船乗りであった時代より30年以上たちますが、レ-ダ-の性能は向上しているでしょうからなおさらです。 レ-ダ-を4マイルレンジ程度に落とせばヨットを商船が見逃すことはないでしょう。 通常の海況でも7-8マイル程度でヨットは写ります。 山本さんのヨットは写真ではレ-ダ-やAISはなさそうですが、携帯のニュ-ペックスマ-トのAIS表示でガット船がAISの設備をもっておれば認識できたはずですが、法令の不備で今回のガット船がそれを設置していなかったと思われます。 あいかわらずオ-ルドメデイアは専門知識が不足しているのかそこのところの報道はありません。
船乗りの知識は年月を経て錆びたものになっています。 今度の巡航でやっと、霧中では航海灯をつけることに気が付いてた始末です。 点灯していれば少し役立つことがあるかもしれません。 ヨットにレ-ダ-を装備すば良いのにと思うばかりですが、年金生活では余裕なしといったところでしょう。12m未満のヨットでは汽笛も付けられていないので、音響信号の代わりにフライパンを叩いても他船には聞いてもらえないでしょう。 VHFの16chで「ヨットどこどこ航海中」と叫び族けるのもなんですね。
お亡くなりになった山本さんのご冥福をお祈りいたします。
2025-8-21
中流階級はもうヨットを買う余裕がない、もう終わりだ!
1985 Hallberg-Rassy 42E、 40歳の時に買い逃した当時の憧れのヨット
Youtubeの下記動画をの見て、欧米でも中産階級にはヨットが手に入らないと云う状況があるのを私は知った。 我が日本のヨット族は今は60代ですらなく70代の高齢期の老人世代のものとなっている。 財務省のせいで30年間も緊縮を強いられるている日本人の給与は立ち遅れて、欧米と2-3倍の差が生じた。 おまけに、我々は最近の円安でますます海外からのヨットを手に入れにくいものになっている。
お金に余裕を持ったことがない老生である。中流にもなれないで中の下の階層の自分であるが、しかし、他には目もくれずにヨットのみを目標にした凝り固まった人生を過ごしてきたおかげで、26歳でクル-ザ―を買うことが出来て、40歳で友人と共同でスペインに置く52fのヨットを買うことも出来た。 現在は69歳で20年落ちの31fの中古ヨットをレに入れて9年乗っている。 まもなく80才になるのでヨットを止めざる事態になることは必定である。
中流階級はもうヨットを買う余裕がない、もう終わりだ!
https://www.youtube.com/watch?v=pXLG8UCR7ms 11分
1ドル360円の固定相場から欧州でヨットを探している時には200円を割る変動相場に移行した時期になった。 従い上記のHR42が買える所まで来た。 ちょうど当事・1980年頃の年式といい価格も同じものが現在の2025年のナ-ケットに売り出されている。 45年経ても価格は同程度を維持したということか。 その時のHR42はイスラエル人のオ-ナ-で買いのオファ-を居れたら売値を上げてしまい買うことが出来なかった。 我々は52fステイ-ルヨットを手に入れた。 4年乗ってそれを手放したが、今でもHR42を買えばよかったと思っている。
現在はHR42を新艇で購入すると億では買えないほど値上がりしている。中流の日本人ではこのような嗜好品を手に入れることはできないであろう。 動画によると欧米でも中流には無理なのが分かった。 当事はそれの5年落ちの中古価格なら中流の人には手に入れることができた。 ヨットマ-ケットは値上がりして庶民には手の届かないものになったようだ。
1985 Hallberg-Rassy 42E | 13m €124,900 (£109,737)
https://www.yachtworld.co.uk/yacht/1985-hallberg--rassy-42e-9761002/
日本の若い世代はヨットには興味を示さないようであるが、キャンピングカ-や車中泊は人気のようである。 あと数年するとヨット族は絶滅して中古艇の出物がでるチャンスがあるでしょう。 見かけほどヨットは難しくは無いので、売主に最初だけ少し教えてもらえばすぐに出来ます。 世の中の動きに注意あれ。私らの世代はストイック目標を求めて行けばそれなりのものはてにいれることができた。 夢が求められたともいえよう。 欧米ともに日本も格差が広がる社会体制にこのままで良いのかと改めて考えなおさなければならないのでしょう。
2025-12-3
巡航と母港変更
JCIによる12マイル以内の海域図
今年・2026年の春に昨年2025年の春巡航の帰りとして宮城県より岡山県の母港へ太平洋岸を通って帰ることことになります。
我が艇の船検の航行区域は沿岸5マイル以内になっている、 従い、昨年の宮城県行は下図のように伊豆大島へ寄ることなく、下田から伊東へ、三浦半島に接近した航路により船形を経由して千倉へ航行しました。
2025年春巡航計画では船検の航行区域の問題で、もう一つ御前崎から下田へ直行する問題がありましたが、母港を御前崎に変更することでクリア-して下田へ直行ました。 東京・横浜に立ち寄るつもりもあったので、それで良かった。 しかし、その予定変更で千葉へ直行するのなら大島の波浮港か千倉へ直行したかった。
2025年の春巡航、 岡山より宮城へ
今回は千倉から下田へ直行するつもり故に、塩釜のJCIにて、また母港を変更することにより大島沖を通り下田へ直行します。 6000円程度の費用で船検書類を事務所へ持参すればOKです。 今度は御前崎へは直行ができないので、駿河湾の漁港に立ち寄り向かうことになります。
JCIの事務所も少なくなっており、立ち寄り港にそれが存在することが少なく不便なことが場合が多いです。
これまでのやった母港変更です
1. 島根・隠岐の島へ行き
2. 鹿児島・甑島行き
3. 前回の御前崎から下田行き
4. 今回の千倉から下田行き
他にも方法があり、臨時航行許可書を手に入れ金沢から七類へ沖だし直行した例がありますが、期間が1か月に限定される問題があります。 その日数以内ならなら延長ができます、再度料金を払い、例えば1週間しか使わなかったのでの残り3週間を使いたいと申請できます。 数か月かかって日本一周などの場合は使えませんね。 年に1階の制限があるかも?
高市さんに変わったので車の税金が変わるとか言います。 ヨットへの改革がやってもらえる順番が来るとは思えない。5マイル制限を10マイルぐらいに延長してもらえば、クル-ズ好きには本当に有難いものですが、もう自分には間に合わない、それまでには命が尽きる。
2025-12-31
黒潮大蛇行終結
仁木島―串本ーすさみ
串本を出港して「くしもと大橋」を通ると、すぐに潮流の影響を受けて2-3ノット以下に減速された。従い潮岬を抜けるのに3回目のトライを要した。 昨年は逆行して熊野・二木島方面に向かったのであるが難なくここを通行した記憶がある。
実は海上保安庁の発表で黒潮大蛇行が昨年の4月に7年続いたものが収束したのであった。潮岬付近の航海にはその影響が大きく充分に注意が必要です。 特に我がヨットのように機走で5ノットしか走れないものにとっては重大である。
今回はそこを航行する際には、陸地近くを走ったり、 次に本船航路まで沖出したところ、海草にガツンとペラが絡まれてそれを取り除くために潜水するハメになったりした。 3度目は潮岬をかわしたら陸地に向けて航走することにより、今度は潮岬を無事に通過することが出来た。 他にも良い方法があるのでしょう。
大蛇行の様子、20253月の海洋速報 における海流(海上保安庁資料)
2017年8月に発生した黒潮大蛇行は7年9か月継続し、2025年4月にそれは終息しました。
下記は気象庁の日別海流の情報で黒潮の流れを知ることが出来る
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/db/kaikyo/daily/current_HQ.html?areano=2
上図は2026年5月11日 潮岬付近は黒潮の影響が今回のように大きいのが分かる
2026年05月12日現在、黒潮が「室戸岬」、「潮岬」及び「三宅島から八丈島」に接近しています。急潮情報があるのでお調べください。
https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/KAIYO/qboc/
2026-5-13
4月のヨット航海は難儀
2026年4月4日の天気図、 ウエザーニュースより、松川浦にて避泊中
2026年春の巡航では天気に恵まれずに目的を大きく変更して単なる廻航になってしまう、
塩釜から倉敷までの33日間の航海で下記のように避泊をせねばならなかった。
避泊日数と停泊地
松川浦 5泊
串本 4泊
銚子マリ-ナ 3泊
下田 3泊
徳島 3泊
到着の翌日に出港で来たのは1日のみで後は2泊しての出になった、上のように多数避泊を重ねた。4月の航海は厳しい。季節の変わり目で低気圧が短期に発生して発達し、おまけに進行速度も速い。次々に低気圧が来る感じである。暖気団と寒気団の混ぜ返しが起き大気が平準化して安定していく季節なのでしょう。
いつもは5月の連休明けにクル-ズに出かける。今回も母港に到着した翌日は大しけであったけれども、翌々日の5月5日以降はウソのように晴天が永続している。 宮城・荒浜のマリ-ナの年間契約が3月末で終了するので、この出発になったから航海計画をを延ばすことができなかった。この時期は避けられるのなら長期のクル-ズは止めた方が良いでしょう。
WINDY ウインデイの気象情報、 1時間隠岐は有料、3時間おきは無料
ヨットの気象情報はWindyが定番となっている。それは風に詳しいので当然であろう。 観光船の事故が続いていることから、出港・航行条件だ厳しくなっている。
自己流であるが自分では上図の矢印部分の色で決めている。赤色の時はすべて出港禁止、オレンジの時は向かい風は禁止、追い風の時は部分的に可能としている。青系統の色のときは良しである。 4-5日の長期の予報もこれにはあるが2-3日の予報が正しいでしょう。 前日にこれを見て出港を決めるばかりではなく、出港の直前にも確認が必要です。また、変更もあるので航海中の随時のチェックもする。 海の気象は通常の風力より時に倍以上になる時が普通で、気を付けねばなるまい。
2026-5-15
夜間航海、 下田―仁木島、大原―下田
赤航路は夜間航行。 青航路は2025春巡航路 、 青矢印は夜間の漁船多い地域
今の2代目速魚を購入以来10年になる、シングルハンドが多いゆえに避けていた夜間航行を今度は2度行った。友人の佐野の日程が押してきたので止む負えずと云う感じである。 最近は旅先の観光を主体としているので、旅程だけをこなすヨットの楽しみ方は本意ではない。
20年以上も前に廻航業務を何度かした時がある。その時は当然のように下田―那智勝浦や金沢ー七類など丸一日かかる航海を常としていた。それでなければ、日程をこなしきれない。
今回の夜間航行で省いた港は上図の青字の8港である。 昨年の石巻行において、錦、奈屋浦、波切、神島、御前崎、伊東、船形、千倉になる。途中で走れ無かった避難の日を除いて10日かかったのを4日に短縮したことになる。
今度の夜間航行で一番困った時は漁船群に突っ込んでしまったときである。 特に2隻で網を牽いている引き網漁船であった、 母船を置いて集団で漁をしているようで、それは不夜城のように明るい。一方で、漁をして漁船の後方のトロ-ル網は夜間で見えない。 ひっかけないで良かったと思っている。 これに懲りたので今後は夜間は避けたいものである。
2026-6-4
10年のヨット総括 ② メンテナンスと装備
丸亀に係留していた購入前のヨット
今思えば衝動買いだったのかもしれない。これまでの2隻はいずれもロングキールのクルージング艇であった。 上の船を見た時にはデイセ-ラ-であったけれども、こういうレースヨットに一度は乗ってみたいと思った。 パイプバースに寝て、シンク、コンロの無い艇であったがクルージング艇へ改造を加えた、 持ち込んだ荷物はどんどん増えていき、喫水が10センチも下がり、直系1メートルもある大型俵フェンダー2個も積んでいる。今では難民船と云われ生活感が一杯のヨットになってしまう。
クルーズも沖縄以外の大きいところは終えたので、今後は瀬戸内の小さいものになるであろう。近くマリーナへ行って少しすっきりと整理したいと思っているが、性格もあってどうなることでしょう。
2026年5月の亘理にて、 大きなフェンダー2個積み
以下はこの10年間で1万円以上の費用のかかった修理・機器・備品です。
1. スタンチューブ PSSシャフトシ-ル 交換
2. ホ-ルデイングプロペラより3翼の固定プロペラ交換
3. ヤンマー2GM冷却水ポンプ交換 、5年おきに2回した
4. サ-モスタットと関連ゴムホース交換
5. オ-トパイロット2000 交換
6. ミキシングエルボ交換
7. 機関ストップワイヤー交換
8. メンセ-ルのフットをドジャーとの触れ止めのためにカット
9. ジブセ-ルの日焼け止め部分の交換
10.ドージャー修理
11. 前部丸ハッチ取り外し修理
12. バウスプリット船内への水漏れ修理
13. ブ-ムバング修理・自作新調
14. 両舷灯、船尾灯の交換
13. 中国製発電機、ヤマハ発電機からホンダ携帯発電機900wへ交換
15 1000wポータブル電源故障廃棄より2000wへ買い替え
16 ホンダ予備2馬力空冷船外機、水に漬けて修理。 2度使用して助かる
17 ゴムボート 電動船外機付き。 まだ使用していない
18. 100wと50wのフレキシブルソーラ-パネル固定、 他に100wと120wを購入
19. リチウムバッテリー100A、2000wインバ-タ-、30A充電器
来年は大台の80ゆえに残り少なく時間も金も無いので、ヨットの買い替えは無理だと思う。
出来ないけれども、モノハルなら35fまでのロングキ-ル、カタマランなら住み家も兼ねて40fが欲しい。
今後にもう無理だけれども欲しかったものは、レーダーです。 北海道に行く予定のある人には必須でしょう。霧中航法でニューペックスマートのAIS機能で代用できるときもありますが、表示に時間差があり、内航船の小型の船にはAISを積んで無いガット船などがあり、霧が晴れた時にはその存在にびっくりする。 携帯発電機には2000w級のものがあれば電子レンジが動かせる。大容量のポタ電を載せなくても良い。どちらを選ぶか好みに寄るでしょう・
2026-7-19
10年のヨット総括 ① 課題と目標
2016年の春に2代目速魚を購入してから10年になります。沖縄以外の全国をこれまで巡ることができました。 残生も限られてきたことから、この10年をまとめてみました。
2026年の速魚2
その都度の思い付きで関心に関心を持ったことについてその巡航計画を立ててきた。その項目は後に書くことして、これまでの航海は下記になります。
2016年より2026年まで
2016年3月 香川県丸亀にあった中古のヤマハ31フェスタを購入。坂出のマリ-ナに係留。旧オ-ナ-の今田さんと練習クル-ズを行う。
① 2016年 練習クル-ズ
マリ-ナ探しのために坂出から玉野と三原へクル-ズした。
② 2016年 夏 マリ-ナ探し
半年の坂出を離れて広島・廿日市のマリ-ナへ移る。 2017年み旧オ-ナ-今田さんと愛媛県かわうそ村海の駅までクル-ズした。 香川県坂出市を中心としたクル-ズ まとめ
③ 2017年 夏巡航
2018年 北部九州へ行き長崎を訪れた。
④ 2018年 長崎へ
今度は九州東岸を目指したがホンダワラのペラ巻きに悩み、延岡で断念する。
⑤ 2019年 延岡へ
2019年秋には東瀬戸内を周航した
⑥ 2019年 秋 東瀬戸内
⑦ 2020年春 笠岡諸島へ
2020年 秋 四国中部北岸へ
⑧ 2020年 秋 四国中部北岸へ
2021年 春巡航は休み
2021年 秋周航は 愛媛県伊予、内子町、卯之町へ
⑨ 2021年 秋 瀬戸内中部へ 内子町と卯之町へ
2022年 春 隠岐の島へ
⑩ 2022年 春 島根県隠岐へ
2022年 秋 長崎県 五島列島から大村へ
⑪ 2022年 秋 五島列島、 大村に翌年春まで係留
2023年 春 大村より南九州、 宮崎日南で3週間入院、倉敷へ
⑫ 2023年 春 大村より南九州へ
2023年 秋 四国88ヶ所を開始、 徳島へ
⑬ 2023年秋 お遍路寄港開始
2024年 春 四国88ヶ所 お遍路再開
⑭ 2024年 春 お遍路寄港図
2024年 秋 忽那七島へ
⒂ その2 忽那七島
⑯ 2025年 春 石巻へ 48年ぶりに日本1周を達成、宮城県亘理に来年の春まで係留
初代速魚の48年前の 宮崎日向から石巻へ
2025年 秋 亘理より田代島へ、 陸路で奥州を観光
⑰ 2025年 秋 亘理から田代島へ、 赤行程は陸路の訪問地
2026年 春 塩釜より倉敷へ
⑱ 2026年 春 塩釜より母港倉敷児島へ
小生の主な関心ごとは歴史に関する物である、下記に興味を持ってヨットで訪ねた事項を書いた。
海賊
吉田松陰
2026-6-26
50代はヨット天国
バブルの末期に欲しかったヨットHR42ケッチ、今でも手に入れたいと思ってはいるけれども......
7月中旬に岡山の母港へ行く、そこにタダでもらえる良いヨットがあると友人からの知らせがあり駆け付る。 その艇には修理箇所があったので、オ-ナ-が修理工事の見積もりを取り、その結果が予想の10倍もした。 オ-ナ-は艇を廃船すること決めた。 このヨットの件はお流れになり、残念ながら無料で手に入れるということはそんなに簡単なことではなかった。
現在のクル-ザ-ヨットを楽しんでいる世代は70代であろう。 若い時にデインギ-を楽しみ、中年になってクル-ザ-を楽しんだ世代だ。小生は団塊の世代であるけれど。その楽しみに続いた世代は、せいぜい10年下の人々まででしょう。 従い現在は65歳位の人を最後にして、この「老後の楽しみ」のひとつは途絶えてしまったようだ。
ヨットは圧倒的に欧米が盛んで、日本のヨット人口は少なくヨットでは後進国のひとつだ。 生産面でもヨットを作れる業者はあのヤマハすら撤退して少数の造船所しかない。
西欧でもクル-ザ-を楽しんでいるのは中年以降の世代である。ここで「中流階級はもうヨットを買う余裕がない、もう終わりだ! 」を採り上げて、 欧米でも所得の格差が広がりハハイレベルの新艇を買うのは困難になってきています。けれども、ヨットは車と違い20-30年落ちの中古艇でも現役でバリバリ楽しめる。日本ではそれが主流でしょう。
我々が後進を育てていかなかったことがその衰退の原因のひとつであろう。現在50代でそろそろ定年後のことを考えている世代にとってはチャンスがひとつあります。 ゲ-トボ-ルをしたり、孫の世話ばかりが老後の楽しみではありません。 車中泊やキャンピングカ-も注目されていますが、自然に親しみ楽しく旅行できる手段の一つがヨットクル-ザ-の巡航です。宿賃は無用です。
老生はヨットを2隻も所有することが出来ないので、先走って自艇の見込める譲渡先に2人ほど連絡したが、こちらも快諾してくれる人は見つからなかった。 最近はヨットの嫁入りは難しいそうだ。 自分も含めて現在ヨットに乗っているオ-ナ-たちは、ここ数年で引退を余儀なくされる。 従い無料や安価なクル-ザ-が大量にマ-ケットに出てくると思われる。 そうです、それに備えて50代の世代はヨットを始めるべきであろう。 新しい楽しみにチャレンジしよう。 ヨット体力を必要とするものではありません。一人で学べるものでもあります。 隣のヨットマンに手ほどきを受けてください。 世話焼きヨットマンは多い。勇気をもって近くのヨット乗りに話しかけてください。
悩みを抱えて生活に忙しい50代の世代には、なかなかこの話が届かないでしょうが、考えようによっては新しい広大な海が貴方を待っているのです。
2026-8-5